先日のブログで、私はデモに参加する人々に何か違和感を感じると述べました。しかし、昨日今日の雨の中、ずっと国会前で頑張っている人たちを見ていたら、違和感なんて失礼なことだと反省しました。
私も一度だけですが地元のデモに参加したことがあったのですが、行ってみると労組関係の団体が主催で、私のような個人参加の者は身の置き場にちょっと困って居心地が悪く、デモの文言も半分は労働者の権利を主張するものだったので「、なんだかな~」と思いながらの参加だったのです。
しかし、国会前や各地で声を上げている人々のインタビューなどを聞いていると、個人個人の考えで来ている人が多く、今日夕方に参院特別委員会で強行採決された後の今現在も雨の中多くの方が、「これからが頑張りどき」「たとえ国会で法案が成立してもやめません」と答えているのを聞いていると、成立してしまうとだんだん忘れられてしまうのでは、という私の一抹の不安も取り越し苦労かもと思えてきます。どうかマスコミも忘れないで取り上げ続けてほしいものです。
一方、国会の中ではそんな国民の声が全く届いていないかのような強行採決。国会議員は何のために存在しているのでしょうか?国民の声を国政に届けるという民主主義の使者ではないのでしょうか?決して権力者ではないはずなのです。傲慢以外の何物でもない。もはや立憲主義・民主主義は崩壊してしまっている・・。
一部の独裁者を囲んで形成されつつある軍産複合体。先日も経団連が「国家戦略として武器輸出を推進すべきと」という提言を出している。そしてその周辺で甘い汁にあやかろうとする人たち。自民党の中にも内心は反対の人も一定数いるはずだ。なのに自己利益・保身が優先してしまう。国民の信託という使命を負った国会議員であるとという自覚、一人の人間としての良心、それらをこうも簡単に捨てられるものなのか・・・絶望という言葉しか浮かびません。
明日国会で成立するのか・・その公算が多きいようです。何とか止められないものか・・。この愚かな決定は、将来自身が想像していなかった事態に直面して初めて間違いだったと気づくのだろう。でも、その時にはもう遅いのですよ。想像力の欠如した人たちよ。
2015年9月17日木曜日
2015年9月15日火曜日
いよいよ採決?安保法案
前回から5か月もたってしまいました。その間、安保法案が衆議院で強行採決され、そして今週中にも参議院でも採決すると与党自民党は言っています。
思い返せば、昨年6月?に集団的自衛権容認の閣議決定がなされ、そのころ危機感を持っていた私は、民主党代表の岡田氏が地元で説明会をするというので、初めてそういう場へ行ってみたのです。その頃は民主党は今のようにはっきりと反対の姿勢を取っておらず、その説明会が終始集団的自衛権の内容説明であったので、私は「今日ここに来られている方ほとんどが思っていらっしゃると思うのですが、民主党として集団的自衛権には賛成なのですが?反対なのですか?」と質問をしました。明確な答えは得られませんでした。周りの年配の男性の方々(来ているのは大多数が年配の男性)に「良い質問をしましたね。」などと褒めていただきましたが、代表の答えに何とも言えぬ空しさを覚えながら帰りました。
そして年末、安保問題を後ろに隠した消費税選挙で圧勝した自民党は露骨にマスコミを圧力をかけ、情けないことにマスコミも妙に弱腰になっていました。私などには到底わかりませんが、そういう圧力ってどれくらい怖いものなんでしょう・・・?春ごろはなんだか真っ向から反対するのがタブーのような感じさえありました。
それが6月の憲法調査委員会?で、招致された憲法学者がこぞって「違憲だ」と発言し、マスコミがそれを大きく取り上げ、その時から急に風向きが変わったのです。昨日まで古館さんの質問になんとも回りくどく答えになっていないコメントを述べていた新進気鋭の憲法学者さんもその時を境にはっきりと「違憲」と言うようになりました。まあ心の中はずっとそう思っていたのでしょうが、それまでは言いにくい何かがあったのでしょうか?やはり。
そこからマスコミも「違憲」「違憲」の大合唱。各地でデモも拡大していきSEALDsという若者の団体も出てきて注目を集めています。ようやく年配の人たちだけでなく、女性も、若者も、国民の多くが気付き、行動を起こし始めた!
しかし・・・私は何か違和感を覚えるのです。これも日本人特有の「空気」を読んで「多数に付く」だとしたら、いやだなあ・・と。これでもし安保法案が今国会中に成立しないのなら、それでも「まずはよかった」と私は思います。だって私一人の力で阻止なんかできないのだし。
逆に予定通り今週、法案が通ってしまったら・・・もちろん通ってすぐに集団的自衛権を行使するような事態はやってこないだろうから、何も起こらない。するとだんだん忘れられてしまうんですよね。マスコミが騒ぎ続けない限り、すぐ人の関心は新しいほうに向いてしまう。今でいえば、マイナンバーでしょうか。これもこの問題だけ取り上げて書きたいくらいの大問題です。究極、安保法案の問題とも関係しているので。
安保法案に賛成の人たちは「抑止力」「中国の脅威」を強調し、自分たちの考えが現実的であると主張します。そう騒ぎ立てることこそが隣国を刺激しているのに、です。祖父の教えを忠実に実現しようという安倍総理を陰で操る、つまりそれでうまい汁を吸える一部の政財界の人たちにしてみれば、本気で安保強化が抑止力になると思っている人を、おめでたいと思っているかもしれません。日本版軍産複合体・・・これこそが彼らの真の目的なのだから。
彼らは軍拡をして、場合によっては海外で戦争を手伝う程度を想定しているのかもしれません。現地で危険にさらされるのは自衛隊員(そのころには国防軍になっているかもしれません)。人が足りなくなって徴兵制にすることなど、安保法案が通るくらいならば容易いことでしょう。解釈論で言えば「苦役にはあたらない」と言い出す。あるいはすでに憲法改正に手を付けているかもしれません。世界を見れば一見平和に映る国が実は徴兵制をとっていて、一定期間兵役義務を課しているところは結構あるのです。
すべては繋がっているように思えます。格差問題・少子化問題・大学入試改革・国立大の文系廃止問題・・・もちろんすでに始まっている原発再稼働・特定機密保護法や、これから始まるマイナンバー・TPP・・・。負の部分が回ってくるのは私たちのような普通の国民なのです。
始まるときは静かに、少しだけ、ひっそりと始まるのです。たった5度の角度を間違って歩み始めてしまったら・・・気が付いた時には全然違う所へ来てしまっていた、、、とならないように。気が付いたら戦前みたいになっていた、とならないように。「ニッポンを取り戻す!」というあの滑舌の悪いコマーシャルが脳裏をよぎります。いつの時代に戻ろうとしているのですか?
思い返せば、昨年6月?に集団的自衛権容認の閣議決定がなされ、そのころ危機感を持っていた私は、民主党代表の岡田氏が地元で説明会をするというので、初めてそういう場へ行ってみたのです。その頃は民主党は今のようにはっきりと反対の姿勢を取っておらず、その説明会が終始集団的自衛権の内容説明であったので、私は「今日ここに来られている方ほとんどが思っていらっしゃると思うのですが、民主党として集団的自衛権には賛成なのですが?反対なのですか?」と質問をしました。明確な答えは得られませんでした。周りの年配の男性の方々(来ているのは大多数が年配の男性)に「良い質問をしましたね。」などと褒めていただきましたが、代表の答えに何とも言えぬ空しさを覚えながら帰りました。
そして年末、安保問題を後ろに隠した消費税選挙で圧勝した自民党は露骨にマスコミを圧力をかけ、情けないことにマスコミも妙に弱腰になっていました。私などには到底わかりませんが、そういう圧力ってどれくらい怖いものなんでしょう・・・?春ごろはなんだか真っ向から反対するのがタブーのような感じさえありました。
それが6月の憲法調査委員会?で、招致された憲法学者がこぞって「違憲だ」と発言し、マスコミがそれを大きく取り上げ、その時から急に風向きが変わったのです。昨日まで古館さんの質問になんとも回りくどく答えになっていないコメントを述べていた新進気鋭の憲法学者さんもその時を境にはっきりと「違憲」と言うようになりました。まあ心の中はずっとそう思っていたのでしょうが、それまでは言いにくい何かがあったのでしょうか?やはり。
そこからマスコミも「違憲」「違憲」の大合唱。各地でデモも拡大していきSEALDsという若者の団体も出てきて注目を集めています。ようやく年配の人たちだけでなく、女性も、若者も、国民の多くが気付き、行動を起こし始めた!
しかし・・・私は何か違和感を覚えるのです。これも日本人特有の「空気」を読んで「多数に付く」だとしたら、いやだなあ・・と。これでもし安保法案が今国会中に成立しないのなら、それでも「まずはよかった」と私は思います。だって私一人の力で阻止なんかできないのだし。
逆に予定通り今週、法案が通ってしまったら・・・もちろん通ってすぐに集団的自衛権を行使するような事態はやってこないだろうから、何も起こらない。するとだんだん忘れられてしまうんですよね。マスコミが騒ぎ続けない限り、すぐ人の関心は新しいほうに向いてしまう。今でいえば、マイナンバーでしょうか。これもこの問題だけ取り上げて書きたいくらいの大問題です。究極、安保法案の問題とも関係しているので。
安保法案に賛成の人たちは「抑止力」「中国の脅威」を強調し、自分たちの考えが現実的であると主張します。そう騒ぎ立てることこそが隣国を刺激しているのに、です。祖父の教えを忠実に実現しようという安倍総理を陰で操る、つまりそれでうまい汁を吸える一部の政財界の人たちにしてみれば、本気で安保強化が抑止力になると思っている人を、おめでたいと思っているかもしれません。日本版軍産複合体・・・これこそが彼らの真の目的なのだから。
彼らは軍拡をして、場合によっては海外で戦争を手伝う程度を想定しているのかもしれません。現地で危険にさらされるのは自衛隊員(そのころには国防軍になっているかもしれません)。人が足りなくなって徴兵制にすることなど、安保法案が通るくらいならば容易いことでしょう。解釈論で言えば「苦役にはあたらない」と言い出す。あるいはすでに憲法改正に手を付けているかもしれません。世界を見れば一見平和に映る国が実は徴兵制をとっていて、一定期間兵役義務を課しているところは結構あるのです。
すべては繋がっているように思えます。格差問題・少子化問題・大学入試改革・国立大の文系廃止問題・・・もちろんすでに始まっている原発再稼働・特定機密保護法や、これから始まるマイナンバー・TPP・・・。負の部分が回ってくるのは私たちのような普通の国民なのです。
始まるときは静かに、少しだけ、ひっそりと始まるのです。たった5度の角度を間違って歩み始めてしまったら・・・気が付いた時には全然違う所へ来てしまっていた、、、とならないように。気が付いたら戦前みたいになっていた、とならないように。「ニッポンを取り戻す!」というあの滑舌の悪いコマーシャルが脳裏をよぎります。いつの時代に戻ろうとしているのですか?
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